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40歳で始めたことは仕事復帰。また働くことが出来るなんて夢のような気持ち。

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uchiのこと

34歳で片側顔面痙攣を発症して、37歳で手術をうけ、術後ベル麻痺になりました。自分の顔が麻痺で動かなくなるなんて、想像もしていませんでした。二度と働くことはできないと思っていました。

だんだんと顔は動くようになり、見た目には分からないほどに回復。私の気持ちも変わっていきました。

友人からの誘いに心躍る。やってみよう!

手術から2年後、また転勤で元の自宅へ戻りました。

近所には、子育て中に出会ったママ友が数人います。その中でも特に仲良しの7人。今でも大切なお友達。

私にとっては子育て中の戦友的な存在です。皆年齢も違いますが、ご近所ママ友はもはや「ママ友」というカテゴリーではなく、大切な友人たちです。

その友人の一人から、ある仕事の試験に一緒に受けてみない?と誘われました。

学校の事務補助的な契約社員の仕事でした。

「アイドルの面接に応募してみない?」と言われたくらい

夢のような気持ち(^-^)

また働けるチャンスがあるなんて、

そんな気持ちになるなんて、

まずそのスタート地点に立てることに喜びを感じていました。

2人とも合格し、勤務先は違いましたが同じ仕事をスタートしました。

友人と一緒の仕事というのが心強く、仕事の相談もできる安心感がありました。

他人から見ればただのパート、私にとっては違います。

当時、2号は3歳。

保育園に預けながら忙しい毎日が始まりました。

新しい職場の方々との出会いは私の心をワクワクさせてくれました。

仕事内容は、若いころから事務仕事を続けてきた私にとっては難しいものではありませんでしたが、体力的なこと、また顔面痙攣になったら、ベル麻痺が悪化したら・・不安な気持ちはもちろんありました。

見た目にはほとんど分かりませんが、顔の違和感は10年経過した今でもあります。

でも、とりあえずやってみよう(^-^)

他人からは、子育て中のママがパート仕事を始めただけに見えるかもしれませんが

私にとっては違います。

病気を乗り越え動き出す初めの一歩です。

そして現在7年目。

元気に働き続けています。

5年目に差し掛かった時、友人からちょっとしたアルバイトにも誘われ、休日にアイスクリームを作るアルバイトもしてみたり、現在は週に2,3日、仕事が終わってから短時間のダブルワークもしてお小遣い稼ぎをしています。

こんな生活ができるとは10年前には考えられませんでした。

自分が経験しなければ、本当にその気持ちを理解するのは難しい。

病気を経験した今では、働いていても以前と気持ちが少し違います。

周りに体調を崩している方がいれば、相手がどれだけ不安な想いをしているだろうか・・・と思いやる気持ちは確実に増しました。

私にとっては不運な病気でしたが、経験したことによって少し違って世の中が見えるようになったような気がします。

「過ぎてしまえばたわいもないこと」

渦中はもがき苦しみますし、今も思い出すと少し胸が痛みます。

子供たちはどう感じていただろうか。

2号は1歳でしたから記憶にはないでしょうが、1号は8歳でした。

私の顔を見て「ママ綺麗だよ。大丈夫だよ。」と頬を撫でてくれましたし、2号のお世話をいつも手伝ってくれていました。

1号の気持ちになれば、私の顔の表情が以前とちがうことに加えて、明らかに元気がなく、眩暈でふらふらしている姿を目の前で見ているわけですから、小さな心で不安もあったと思います。

今の自分にできる事を子供たちにしてあげたい

2人の子供を抱きしめると心が落ち着きましたし、自分がしっかりしなければと、弱る心に鞭打つことも。

転勤先では、夫の職場が近かったので、帰宅の遅い夫のために、毎日夕食を職場まで子供たちと一緒に届けていました。

海辺の町でしたので、夕日が沈むのを見ながら2号をベビーカーに乗せて、1号とふたりで歌を歌ったり、今日の出来事を話したりしながら夫に夕食を届けていた毎日。

今ではとても懐かしく感じます。

uchi
uchi

私にパワーを与えてくれたのは、無邪気な1号と2号の姿でした。

夫はどう思っていたのだろう。

当時は自分の体と子育てで精いっぱいで、「心配をかけて悪いなぁ」と思ってはいたものの、夫がどう考えているかまでは気が回っていませんでした。

夫は仕事が忙しく、帰宅も遅かったので私の体を心配はしていたものの、仕事の忙しさで深く考える余裕がなかったかもしれません。

ただ粛々と仕事をこなし、夕食を届けたときは笑顔で「ありがとう」と言ってくれました。

そんな夫には今でもありがとうと言いたい気持ちです。

uchi
uchi

ありがとうって言葉にするのは照れもあり、夫にはあまり言わないけれど、LINEでは使うように心がけてます(笑)

もし、あまりにも私に気を使い、何から何までサポートして、優しくされていたら私は夫に頼りすぎて、ここまでの回復はなかったかもしれません。

むしろ夫も忙しいから頼れない、子育てしなければ!という気持ちで必死でした。

そういう意味では、人は「孤独」であり、夫婦という形であっても「ひとり」なのかもしれません。

40歳の時に踏み出した一歩。

あの一歩が今の自分につながっています。



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