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緊急事態宣言中の札幌と静かな日曜日。叔父との想い出を振り返る。

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くらしの日記

札幌市内は緊急事態宣言が発令されて、中学校の部活動は禁止になり、市内の体育館、プール、図書館、美術館、等々各施設は休館となりました。

子供は温水プールに遊びに行くことも出来ず、小中学生は区民体育館でスポーツを楽しむことも出来ず、本を借りられない(/_;)

たまに練習に行くゴルフのハーフコースにやる気満々で行ってみたらクローズ( ;∀;)
こんなにだだっ広いコース古びた練習コースでもダメなのね?と思いますが、仕方がありません。

私の周りにも濃厚接触者、低濃厚接触者の対象になられた方も増え始めています。
PCR検査キットが自宅に送られてくるのも時間が掛かっているようです。

デパートも食料品以外はクローズ。


1年後には落ち着くと思っていたけれど、感染者数は1年前より増えているなんてね。
ただ、コロナとの付き合い方は1年で随分と変わりました。

学校は休校にはならないし、学級閉鎖になってもリモートで繋がる仕組みが整い始めて様々なアイディアが生まれていることも実感しています。

スーパーから食料品が消えることも無くなったし、マスクも除菌グッツも豊富にあります。
あんなに嫌だったマスクも、最近では楽しむようになっているのですから。

私に出来ることは、ステイホームしながら静かに過ごし、時が過ぎるのを待つだけ、祈るだけです。

政府は大企業に7割在宅を求めているようですが、その影響かダブルワークのカスタマーの仕事にも変化をもたらしています。

短時間勤務のカスタマーメンバーは、数人が在宅勤務へ向けてトレーニング中。
来月あたりからは私も正式に在宅勤務となりそうです。

メインの仕事は出勤しますが、副業が在宅になるのはありがたい。
多少の不安はあるけれど、時流に沿って生きていきます。

世の中が変化しているのを身をもって実感しています。

シソが枯れた

ステイホームの影響で、久しぶりに雑草を抜いたり、土に触れたりしています。

先日、ホームセンターで98円だったシソの苗。

20枚ほど収穫して味わったのですが、数日前から元気がないのです。

雨にあたらないように玄関フードの中に入れたり、天気の良い日は日に当てたりと、手を掛ければ掛けるほど萎れていくシソちゃん。

大好物なシソだけに、過保護だったのかしら?
人間も植物も過保護にすると成長しなくなる生き物ってことかい。

洒落たハーブを植えても、平凡な料理の腕前の私にとっては宝の持ち腐れ。
ハーブを料理に使うすべをさほど知らない。

その反面、シソなら納豆、パスタ、天ぷら、刺身、なんでも来い!
あぁ、なぜ今までスーパーで大葉を買っていたのかしら。
家で育てりゃ良かったわ~という気づき。

また、新しい苗を買ってこようかと検討中です。

大きくならないヒマワリ発芽


2年前に頂いた種の残りを植えてみたのですが、1週間で芽が出た👀

う・れ・し・い♡


植えた種は全て発芽しました。

古い種だったので期待はしていなかったけれど、ヒマワリって強いのね。
この種類は背が低く20~30㎝くらいにしかならないそうです。

四つ葉になったら、間引くようにアドバイスをもらったので来週あたりには間引こうと思います。

土が少し盛上って芽が出てきたのを確認できた時は、産みの喜び❓

子供と一緒に発芽を喜ぶ。

ただ芽が出ただけなのに、こんな小さな幸せをもらえるなんて。

小学校の低学年で朝顔やトマトを授業で育てるのは、植物の成長を学ぶことはもちろんですが、本当の目的はこんな気持ち育てるためなのかな。

48歳の今、発芽に喜びを感じるのは、小学生の頃に強制的に教材として学ぶあの体験が土台になっているのかなぁと思います。

一緒に植えたパンジーとビオラも成長中。

裏の花壇も手入れしなければと思いつつ、数年放置していたらチューリップの球根が増えて、こんなに沢山のチューリップと水仙が咲いています。

日当たりが悪い場所なので、しばらくすると苔が生えだす。
苔は柔らかくてふわふわしていて、触り心地は良いので花壇に放置しております。

紫陽花も芽吹いてきました。

放っておいても、毎年巨大な花をつけるので、日当たりの悪いこの場所にはあっているのでしょうね。

日当たりを好むもの、日陰を好むもの、人間と似ているなぁ。
私は日向が好きだけど、日陰も恋しい天邪鬼。

薔薇と叔父の思い出

紫陽花の隣には薔薇を植えていたのですが、とうとう枯れてしまいました。

去年までは、いくつかの花を咲かせていたのですが日当たりと水はけが悪いせいか花付きが悪く、今年は芽吹いてきませんでした。

薔薇は今月亡くなった叔父が育てていた苗を15年前にもらって植えていました。

叔父と叔母の家は車で1時間ほどの田舎町ですが、土地が広く趣味で畑を作っていました。
リンゴ、サクランボ、ブドウの木があり、ビニールハウスもあって沢山の野菜と、メロンやスイカも育てていました。
叔母は元農家出身なので野菜や果物、お花を育てることは生活の一部なのです。

東屋と井戸があり、夏はバーベキューをしたり、秋には果物狩りをしたりと、叔父の家へ行くのに畑仕事が待ち遠しくてワクワク。

井戸から汲み上がる水は、真夏でも手が痛くなるほど冷たくて、スイカはすぐにキンキンに冷えて美味しかった。

井戸の水は出し放題なので、手押しポンプを兄弟で取り合いながら激しく動かして何時間でも遊んでいました。

畑には、ジャガイモや玉ねぎ、人参、大根、キューリに・・・と数えきれないほどの野菜が育っていましたし、ビニールハウスの中にはミニトマトやエンドウ豆のツタが天井まで伸びていました。

絹さやが大好物な私は、さやえんどうの収穫が楽しくて楽しくてね。
緑色の細い茎からエンドウ豆をプチッとちぎるあの瞬間。

色も見た目も可愛らしくて、豆が規則的に並んでいてこちらに話しかけてくるように見えたのです。
収穫する時の少し青臭い匂いも大好きでした。

静かなビニールハウスの中で、プチッ、プチッ小さな音が響いて、さやえんどうの筋も同時に取れると嬉しくて、一つずつ丁寧に収穫していた記憶があります。



1号が小さい頃は、収穫の時期になると「さくらんぼを取りにおいで」「ジャガイモを取りにおいで」と電話が来て、心躍らせて収穫に行っていました。

趣味の畑なので、何でも取り放題。
帰りの車は野菜でいっぱい。


従弟は自宅に新鮮な野菜や果物が山ほどあるというのに、野菜嫌いで畑の作物には興味なし。目の前にあると、ただの日常でしかないんだよと笑っていました。

叔父と叔母は雪がとけると畑をトラクターで畑をおこして、苗を植えて、毎日毎日、毎日毎日手入れをして、収穫するという日々を何年も何年も重ねていたのです。

私が自分で運転するようになってからは、1年に何度も叔父と叔母に会いに、そして畑の収穫をしに行っただろうか、数えきれません。

しかし、叔母が15年前に脳梗塞で倒れてから叔父は畑をやめてしまい、長い長い看病生活となりました。残念ながら2号は叔母が元気な時に会う事は出来ませんでした。

そして先日、14年入院している叔母よりも先に叔父が逝ってしまった。

叔父から頂いた薔薇も、今年で終わりです。
私の中にある叔父との思い出は、楽しい畑の記憶しかありません。

私の成長を見守ってくれていた一人です。

叔父さん、ありがとう。

今やれることをやる

約15年前、自分で煉瓦を購入して土の上に敷いてせっせと花壇つくりに励み、お花を楽しんでいたのですが、仕事と子育てですっかりご無沙汰。

今はやる気なし。

咲き終わったチューリップを整えて、生えてくる雑草を抜くだけ。
始めてしまうと何もかも手が回らないので、最低限のことだけをしています。

あれこれ手を広げるのは、もう少し先の話としてとっておこうと思います。

子育てがもう少し落ち着いたら、叔父を思い出しながら鉢で小さな薔薇を育ててみようかな。裏の花壇を整えて、簡単な野菜を育ててみようかな。そんな風に妄想しております。

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