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年賀状を出す出さない問題 これも諸行無常ということか

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くらしの日記

年末になると、年賀状の準備には割と時間を取られてしまう。
出さないと決めれば良いのだけれど、なかなか辞められないのが現実。

きっとみんな思っているんだろうなぁ。

ここ数年、届く数も少しずつ減ってきてはいるものの、ありがたいことに新しい出会いもあり、減らそうにもそんなに一気に減るものでもない。

なにせ、親の実家が元農家なので、子だくさんなために親戚の人数が多い。
夫側もわりと親戚が多い。

顔を思い出せなくても、名前しか知らなくても、毎年親戚の方々に出す枚数がかなりの割合を占めているのです。
そして、皆さまわりとご高齢。

子供の年賀状はほぼなし

1号(女子高生)の言い方は超今どき。

1号
1号

LINE、Instagramで十分。年賀状に意味ある?

う~ん・・・(-ω-;)あっさりしておるなぁ。


お世話になったあの方に
しばらく会っていない親戚に
遠く離れたお友達に
そんな気持ちは無いのかしら?

1号
1号

知り合いはみんなフォローしてるじゃん。

uchi
uchi

フォロー・・・・。

親戚はほぼフォローしていない問題

お友達はフォローしていても、親戚はフォローしていない。

だって、叔父叔母はガラケー派が多い。
SNSなどに縛られてはいないのだから。


普段会う事の少ない親族の方々には、「生きています」的な報告として今年は出しました。
きっと来年も出す気がする。

結婚式以来お会いした事のない夫の親戚もいるくらい。


夫の仕事関係も、あらかじめ出す人、来たら出す人を分けてみましたが、来なかった人は指で数えられる程度でほぼ昨年同様でした。

私の仕事関係も来たら出す方式に変えました。
正職員では無いし、関係を続けている方は職場が変わっても定期的にお会いしているからです。


お友達関係も出す人、出さない人が分かれてきたようですので、来なかった人には来年からは出さない予定です。

会う人には会っている。

さらに年越しや年明けにLINEし合ったりするので、年賀状に重きをおかなくなっている自分がいます。

時代って変わるんだなぁと実感

ファッションの世界では流行は巡り巡って、昔流行ったアレがまた流行り・・・何てことはよくあること。

でも、年賀状がなくなっていくなんて子供の頃には想像もしなかったなぁ。

小学生の頃はクラスのお友達ほとんどに出していた記憶もある。

そのうちプリントゴッコを駆使して何の芸術性も無いのに何とか個性をだそうと、年賀状の差別化を図って、あれこれデザインを考えていた浅はかな自分も思い出す(笑)


もう一つ思い出すのは若きOL時代。
同じ職場の方から「uchiさんへの年賀状は切手が当たっているね」と言われたことがあります。

なんとその方は、自分が出す年賀状のお年玉当選番号と宛名を控えていて、誰が当選したかをチェックしていたのです(・□・;)暇か・・・。


面倒臭がりの私には想像できない手間暇。


割とみんなが執着していた年賀状。

今の10代の子たちが出さないということは・・・

年賀状も諸行無常ということか。

様子を見つつ少しずつ減らしていく方向へ

実際に、高齢の叔母の年賀状には「本年で新年のご挨拶状は最後とさせていただきます」と書かれていました。

高齢で年賀状を書くことがもう出来ないし、
近くに子供もいないので代筆も出来ないとのこと。

高齢者の暮らす世帯が大家族から一人暮らしに変わりつつある今、やむを得ない選択です。

年賀状を出す方は圧倒的に自分よりも年上の方へが多いので、出さないと失礼かなという日本人ならではの感情があるのも事実ですが、高齢化を考えると自然と減ってはいくのでしょう。

来ない人は年賀状を辞めたのねと思いながら、しばらくは様子を見ながら時流に沿って生きていこうと思います。

実際、子供の写真入り年賀状を見ては成長を感じたり、添えてあるメッセージを読むと嬉しいし楽しいのも事実。


私が80歳のおばあちゃんになった頃には・・・

昔は年賀状というものがあってね・・・。

なんて、孫に話しているのかも知れませんね。
無くなってしまうのも寂しいわねという気持ちは当然ありますのよね~。



年賀状を送った方も、送らなかった方も、今年一年幸せでありますように。



個人的には年賀状よりも・・・

昔はコロナというウイルスが流行ってね・・・。

と言いたい。
なんなら、今年、いや今すぐ言いたい気持ち。

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